言ったじゃない

で、ご褒美のペットボトル緑茶をいただき、帰り道、ご町内の、中ぐらいに若い母子と一緒だった。
(お母さんは、若くもなく、老けてもなく→アラフォーぐらい?)
お子さんは、5~6歳の男の子。
はじめてみる親子。
男の子は、自動車道路の脇の、細い歩道で自転車をよろよろ漕いでいた。
その間、おかあさんは、怒りっぱなし。
「そんな、ふらふらじゃ、危ないでしょ!」
「そっち側はダメだって、言ったじゃない! 何回、言ったらわかるの?」
「どうして、そんなふうに、するの!!」
わたしが見る限り、ぜんぜん、怒られるような自転車の乗り方ではない。
なんであんなに、ガミガミ?
(※「怒る」と、「叱る」は、違うそうです。
感情を押し付けるのは、「怒る」。諭す、指導するのが、「叱る」だとか)
「もう~、あんたは、本当にパパとおんなじで、トロイわねえ!!」
ああ、言っちゃってる。
そんなこと、幼い子供に言ったら、先入観として植え付けられてしまう。
自分は、だめな、トロイ子なんだ。
パパも、トロイんだ。
パパのせいなんだ。
ボクたち、二人ともトロくて、ママに怒dermes 投訴られるんだ。
posted by 言葉を正確 at 12:33Comment(0)日記

ある意味

かつては、女性が働くのは、貧しい家の人だったようだが、いまどき、そんなことを言っていては
アナクロ人間の烙印を押される。
ある意味、事実で收毛孔もあるが、すべてではない。
自分が育った時代の価値観を今の時代に切り替えるというのは、
老人にとっては、並大抵のことではない。
いままで生きてきた自分の生き様を否定することになるのだから。

だから、お年寄りと話をするときには、お互い、ある種のガラスの仕切りみたいなものがある。
(これは、戦争体験を語るお年寄りの話を聞くケースとは、また違う)

時代に翻弄された部分もおおいにあるだろう。
頭ごなしに、自分の価値観を押し付けるわけにはいかない、と、わたしは思っている。
義母は、時代の流れを理解しようと努力している。
アタマではわかるのだが、やはり、信念や、自分の育ってきた環境からくるものは、
変えられるものでなない。

「いまは、そんなことありませんよ」
わたしが、そう言っても、義母の思い出の中は、今の時代と違うのだ。
義母は、80を超えた今頃になって、はじめて、
「人に従うのではなく、自分独自の考えを持ち、したいことをしたらよかった」
と言っている。
合わせたり従ったりしない世界や、生き方など、想像もしなかったようだ。
だから、合わせる一方で、嘆く。不平や文句を言う。
「従わない」という選択肢があることに気付かなかった。
自分の意思で決定し、自分で出た結果に責任高雄自由行を持つという訓練を積んだこともなければ、経験もない。
女性は、そうやって生きてきた。そういう時代だった。
posted by 言葉を正確 at 12:35Comment(0)日記

笑顔でお金を払う

休館かと思ったが、そんなこともないだろうと、暗い中を突き進む。
途中で、立派な体格、身なりの人に会うが、なんか違う雰囲気。
思わず、「中に入っていいですか?」と、ボディランゲージ。(かなしいなあ、失語症)
受付らしきところはあるのだが、どうも違うような気もする雰囲気。
すでに館内は薄暗いものの、ゴージャスな内装にビクビク。
きらびやかなシャンデリアの下を、恐る恐る、さらに階段を上がると
今度は部屋の入り口に、やたら美しい若き黒人男性。
その人から入場券を買うようだ。
「カードがいけるか?」って尋ねて、その美男黒人が「イケル」、と言ったような気がしてカードを差し出すと
「イケナイ」、ってことだった。
わたしの言語読み取り能力は、すごいものがある。
ほんの一言でも、正反対にとらえる。
しかも、短い短い英語だったのに。
照れ笑いを通り越して、なんとも言えない引高清電視きつった笑顔でお金を払う。
左側に、きらびやかな大広間があり、壁面の鏡に、職人さんがバカラを制作する様子を撮った映像が映し出される。
その VTRをほんの少しの間、見ると、
今度は、右側に、ほんの2つ、一瞬で見渡せる小さい部屋があり、商品が展示されている。
それで、終わり。
5分か10分で、5ユーロは高くないか?
他の美術館では、うんざりするほど、山のような作品や説明を聞いたのに、このアッサリぶりはナニ?
本当にそれだけでオシマイなことがわかり、衝撃を受けた。
あとは、ブティックが手前にあり、スタイル,身なり、ピカピカ抜群の若い超イケメンが5~6人、そこに控えていて、
「ボンジュール マダム」と認股證 到期結算微笑みかける。
わたしが逃げ出しそうに腰が引けていると、どうぞ、というジェスチャー。
posted by 言葉を正確 at 12:40Comment(0)日記